(6)遠賀川下流域の遺跡

元松原遺跡は遠賀郡岡垣町の三里松原の南側の砂丘上にあります。
ここからは青銅器の生産を示す銅戈の鋳型をはじめ、瀬戸内海地方の青銅器の元になる銅剣、銅矛、銅戈などの青銅器や鉄矛、鉋などの鉄器が発見されています。

また、箱式石棺や大型甕棺も発見されており、ここは響灘や洞海湾を通じて、瀬戸内海地方へ青銅器文化が拡がっていくための中継地点のような役割を果たしていました。

また北九州市八幡東区の高槻遺跡からは、近くの金毘羅山周辺の石材を使用した、木を伐採するための大型磨製石斧の未完成品が多量に発見されており、福岡市西区の今山遺跡とともに、古くから石斧の生産地であったことが知られています。

ここから発見される前期の壺型土器は、口縁部の上面に隆帯をつくり、肩に貝殻文を施文する美しい土器で高槻式土器と呼ばれています。

この土器は遠賀川下流域から周防灘沿岸にかけて分布し、この頃、遠賀川下流域と山口県西部地域は同じ独特の土器文化圏を形成していたことがわかります。

そして、遠賀川河口地域は、弥生文化が東へ進む上で重要な役割を果たしました。